2/18/2015

氷の鏡 終章

「なーんか、10日ぽっちの滞在だったなんて信じらんねえな...」

遠ざかっていくタルメンソンの港を振り返りながら、バラゴがぽつりと呟いた。

「ホント、単なる護衛の仕事のはずが、まさかこんな大騒動に巻き込まれるなんて思ってもみなかったよ」

舷縁に肘をついてもたれながら、感慨深げにバーナダムも軽く溜息をつく。


狩猟の会での突然の地虫襲撃騒動は、バラゴ達ザーゴ国警備団の活躍により素早く収束された。その後、数日は事態収拾に追われて皆バタバタしたものの、なんとか丸く事は収まり、ガールとサーリヤの婚約が内外に向けて正式に発表された。

...ネッサの件は、ごく一部の当事者達の胸の内にだけ納められ、広く口外されることはなく、ザーゴ国警備団の武勇伝のみが、タルメンソンの民の間で話題になった。

ネッサの哀しみを飲み込んだあの神殿は、イザークの手により入口が破壊され、もう誰も、ネッサ達の眠りを妨げることはできない。


「ま、何はともあれ、一件落着、だな」

「−−−何を呑気なことを!」

バラゴ達の会話を聞きつけて、少し離れた位置からリヤッカが拳を振り上げながら元気に声を張り上げた。

「これからが大変なのではないか!来春早々にはまたこちらへ戻って、王子の婚礼があるんだぞ。次期国王となられる王子に相応しい婚儀にするためには、どれほどの準備が必要だと思っとるんだ、お前らは!」

忙しい、忙しいと言いながら走り回るその姿は、その愚痴っぽい口調とは裏腹に、ひどく自慢げだ。自分が育てたも同然の自慢の王子の婚礼が決定し、いずれはサーリヤとともにタルメンソンを統治する国王になるという事実が、とにかく嬉しくてならないのだろう。

「次回こそは、ザーゴ国第二王子の名に恥じない、盛大な一行で来訪せねば!」

意気込んでいるリヤッカの姿に、コリコリと右手の人差し指で広い額を掻いたあと、バラゴは近くにいたコーリキにこそっと顔を寄せた。

「....次は、俺達はもう警備団の仕事なんて絶対受けねえからな。もうこりごりだ。アテにすんなよ」

その言葉に、コーリキとロンタルナが互いに顔を見合わせ、仕方なさそうに肩をすくめた。

「まあ、次に訪問するメンバーは、そのままガールと一緒にタルメンソンに移住することになるだろうから、リヤッカを除いては、今回のメンバーから選出されることはないと思うけどね」

「第一、もうネッサ姫の件は解決したんだし、同じようなことが起こるとも思えないんだから、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」

「いーや、わからん。イザークの野郎が関わると、どうも災いが向こうから寄ってくるからよ」

冗談半分で呟いたバラゴに、ロンタルナ達兄弟が返答に困って仕方なさそうな顔になったちょうどその時、腕にショールを抱えたイザークが仲間達の脇をすり抜けた。

それを見て、バラゴがわざとイザークの背中に向けて声を上げる。

「だいだいよー、イザーク!てめえが最初から俺達を頼りにしてりゃー、もっとスムーズに事が進んだはずなんだよ。それを、てめえひとりで解決しようなんて馬鹿なこと考えるから、余計ややこしいことになったんだろうがっ」

「また言ってるよ...」

事が終結してからの数日、こうしてバラゴがブツブツ言わなかったことがない。
バーナダムがややうんざりした顔で息をつき、そばにいたアゴルとジーナが顔を見合わせクスリと笑う。

「とにかく!今度こういうことになったら、きちっと最初から俺らに相談するんだぞ、イザーク!いいなっ!」

肩を怒らせ指をさしながら怒鳴るバラゴの声を背中に受けながら、イザークは無言のまま、仲間達から少し離れた位置−−−甲板の船尾楼近くに立ち、遠ざかっていくタルメンソンを静かに眺めているノリコに歩み寄り、船室から持ってきたショールをそっとその肩にかけた。

「−−−寒くないか?」

「うん、大丈夫。ありがと」

背後に庇うようにして立ったイザークのおかげで、それまで髪を揺らしていた海風がふと遮られる。

ショールの端を掴んで自分の肘を抱くようにくるまりながら、ノリコが肩越しに背後のイザークを振り返って微笑んだ。

そしてまた、小さくなっていく港へと視線を戻す。

「......」

白い息が、風に乗って流れていく。

イザークは、静かにその背後に立ったまま、もう一枚余分に持ってきていたショールを自分の肩からかけ、ノリコを守るようにそっと腕を回した。

その栗色の髪に頬を寄せ、同じ方向を向く。

「−−−−−−」

ほんの10日ほどの間に、本当に色々なことがあった。

失ったものも大きく−−−それは、いまもふたりの心に鈍い痛みを残してはいたが、ジーナからもらった『希望』を支えに、前を向くことができた。永遠の別れではないのだと、心から信じられたから...。

(ノリコ.....)

なにより、今こうしてお互いの温もりを肌で感じられることに、イザークは幸せを噛み締めていた。

ノリコを失うかもしれないと思った日々の、なんと長く感じられたことか。
もう、あんな想いをするのはこりごりだ。

二度とその腕を離すまい、と自身に誓うように、イザークはノリコを包む腕に力を込める。その想いに応えようとするかのように、ノリコもまた、自分を守るように回された腕に手を添え、背中を預ける。

「あー、まーたイチャついてるよ、こいつら」

いつの間にかふたりのすぐそばまで寄ってきていたバラゴが、聞こえよがしに言う。

いつもなら、照れたイザークがここで顔を赤くしてぱっとノリコから離れるのだが、今回ばかりは少しも動じることなく、ノリコをその腕にしっかりと抱えたままで、イザークは傍らのバラゴをくるりと振り返った。

「羨ましがる暇があったら、自分も相手を探せ」

「お?!」

珍しく、顔色ひとつ変えずに静かに反論してくるイザークの姿に、バラゴが仰天して目を見張る。

「な、なに言って....」

「俺達の反応を見て面白がるのは勝手だが、それで何か事態が変わるわけでもないだろう。俺達のように幸せになりたければ、自分から行動を起こせ」

「イ、イザークったら...」

開き直ったように居丈高にバラゴに言うイザークに、ノリコも一瞬びっくりして目を見張ったあと、ちょっと困ったように目を細めた。イザークは変わらず、どこか怒ったようにまっすぐにバラゴを見据えている。

「〜〜〜〜〜〜」

意外なイザークの強気な反応に最初はあんぐり口を開けていたバラゴだったが、すぐに気を取り直したのか、偉そうに腕を組んでふんぞり返った。

「相手を探せって...そりゃ、お前には簡単なことだろうよ。その顔だからな」

ケッと悪態をつくバラゴに、イザークが即座に答える。

「顔は関係ない」

「ああ?」

「お前は、誠実でまっすぐな心を持ち、命を賭しても仲間を守ろうとする正義感の強い男だ。お前は、大切な人を幸せにできるやつだ」

珍しく流暢に語るイザークに、バラゴだけでなく、周囲の仲間達も意外そうに目を丸くして様子を伺っている。

構わず、イザークが続ける。

「お前は、いい男だ」

「なっ....」

まっすぐに自分の目を見てきっぱりと言うイザークに、バラゴがたじろぐ。

「な、何を言いだすかと思えば...や、やめろ、そういう冗談は!」

「冗談じゃない。お前は、いい男だ。お前の良さを理解してくれる女性が必ずいる。俺達のことを羨む前に、その人を探す努力をしろ」

真顔で続けるイザークに、バラゴが、あっという間に顔をゆでダコのように真っ赤に染めた。ノリコを抱きしめたまま切々と説くように続けるイザークに、珍しくタジタジにされている。

「な、な、な....」

「お前は、いい男だ。忘れるな」

きっぱりと、言い切る。

「バッ...バカヤロ....!!」

これ以上は耐えられん、と広い額まで真っ赤になったままのバラゴが後ずさりをはじめ、イザークがもう一度口を開こうとした途端、脱兎のごとくその場から逃げ出した。

イザーク対バラゴ戦、バラゴの初黒星。

仲間達の楽しげな笑い声が甲板に響いた。


「あ....」

皆と一緒に笑顔を見せていたノリコが、ふと呟いて、そっと右手を空に向けた。

小さな白い結晶が、その掌に触れて、消える。

ノリコが、この世界に来て初めて見る、雪だった。

「初雪、か....」

そばに立ったアゴルが、ジーナの肩を抱きながら空を見上げた。
顔を上げたジーナの頬にも雪が落ち、ジーナがビックリしたように目を見開いてキャッと呟く。

「つめたーい!」

「あー、ジーナも雪は初めてだったな。リェンカでも、ひどく冷え込むことはあっても雪が降るなんてことなかったもんなあ」

物珍しげに両手を大きく空に向かって広げ、ちらほらと降りはじめた雪を全身で感じようとしている娘の姿に、アゴルが穏やかな笑みを浮かべた。

彼もまた、失いかけた大切な存在が再びそばにいてくれる幸せを噛み締めている。

「タルメンソンの冬は、寒く長いからな。雪が積もりはじめる前に出国できて良かったよ。これから、あの国は一面雪景色になるんだ」

「......」

アゴルの言葉に、ノリコは再び白く曇った空を見上げた。

最初はチラチラとまばらだった雪が、徐々に密度を増してきている。

ふたりを包んでいた大きなショールの両端を持ち、降り注ぐ雪からノリコを守るように頭上高くに掲げてから、イザークも同じように空を見上げた。

(.......)

もうすぐ、タルメンソンは、国中がこの雪で白く染まる。

ネッサの哀しみを−−−孤独を−−−そのすべての吸収して、静かに雪が降るのだ。

海岸線を南下していく船からは、あの神殿がある山の峰はもう見えない。だが、神殿があるだろうその方角をそっと見遣りながら、ノリコは後ろに立つイザークの胸にぴったりと寄り添った。

「ノリコ....」

ほんの少し心配そうに、イザークがノリコの顔を覗き込む。

わずかな間を置いて、ノリコがその顔を見上げた。

「冬がどんなに長くて寒くても、春は必ず来るもの」

にっこりと、微笑む。

「寒さが厳しければ厳しいだけ、春の暖かさが嬉しいよね」

春に雪が溶けるように、すべての哀しい記憶も溶けていくのだろう。

すべてのわだかまりが春の訪れとともに消え、新しい季節が始まる。希望が−−−生まれる。

春になれば、皆が、新しい一歩を踏み出せる。

「ああ...」

見上げてくるノリコにやわらかな笑みを返し、イザークは静かに頷いた。

「ああ。春は必ずやってくる」


5 件のコメント:

  1. 彼方からの二次創作をサーフィンして探していたら巡り合いました。
    楽しく、そして切なく読ませていただきました。私も彼方からの二次を書いていますので、
    よろしければお寄りくださいませ^^また、おじゃまさせていただきます。

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    1. 如月さん、
      コメントありがとうございます。お互いに彼方からファンとして頑張りましょうね!
      (ごめんなさい、私は器用じゃなくって、上手く自分の世界をキープできなくなりそうなので、ほかの方の二次作品は敢えて読まないようにしています。でも、応援しています!頑張って!)

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  2. お返事ありがとうございます。これは失礼いたしました。どうぞお気になさらないでください。
    共にがんばっていきましょう。またよらせていただきますね♪

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  3. こんばんは~

    『氷の鏡』
    もう何度も読んでおりますが、毎回違う箇所が好きになる…
    でも、毎回一貫して良いと思うのは男たちです。

    あ~男たちが良い! 男たちが熱い! 友情がほとばしる~!
    「!」がたくさん並ぶカンジ(←少年ジャンプかっつー…^^;)
    ノリコとイザークもロマンチックで素敵ですけど、
    男たちの胸アツ話だけで、おかわり3杯!いけますワ~(笑)
       :
    場を壊すコメントではなかろうか(ドキドキ)失礼しました。

    ではまた…

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    1. あ~Unknownになってしまいました。イソジンでした。

      ではでは…

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