背伸び
『彼女はまだまだいい女になる。
いくらだっていいよる男はいるぞ。
君はふられるんだ』
あの、口先だけの詐欺師に言われた言葉。
むかつきはしたが、本気にしたわけじゃない。ただ...
『恋は女をきれいにする』とはよく言ったもんだ。
毎日そばで見てる自分が、誰より一番よくわかってる。
相変わらずとんでもないはねっかえりだが、あいつは、まるでずっとかたい蕾のままだった大輪の花が、ゆっくりと花弁を広げていくように、日に日にきれいになっていきやがる。
あのヤローの言っていた通り、これからもどんどん綺麗になっていくんだろう。
その変化に、俺は正直戸惑っている。
時々、どうしていいのか、わからなくなる...。
実際、8歳のガキの頃から知ってたあいつに対する俺の気持ちが、父性愛から今の気持ちに変わったのは、一体どこからだったのか?
本当に、あいつが記憶をなくしたあの時からだったのか?
崖から落ちて気を失っているあいつをみつけた時に感じたあの感情は、あの時初めて出てきたものなのか?
それとも−−−−そのもっと前、あいつが俺のことを慕ってくれていると気づいた時に、実はもう、俺の気持ちも変わっていたことに、俺自身が気づいていなかっただけ、じゃないのか...?
今となっては、もうわからない。
ただはっきりしているのは、俺にはあいつしかいない、ということ。
俺が俺のままで、肩肘張らずに付き合っていける、ただひとりの女。
あいつは、俺にとっては人生の相棒。
最高の、相棒−−−−−。
**********
「−−−ミリアム、準備できたか?」
トントンと軽く指先でノックしたあと、返事を待たず、ダグラスはドアを開けて部屋に入ってきた。
「ああ、ダグラス!ちょうど良かったわ。見てあげてちょうだい」
中にいたグレースが振り返って嬉しそうに言い、身体をずらすと、部屋の奥の姿見の前に立つミリアムの後ろ姿が、戸口近くのダグラスにも見えた。
「わたしの若い頃のドレスなんだけど、今のミリアムにぴったりになったのよ」
淡い桜色の、レースがたくさんついたドレス。ミリアムのトレードマークとも言える鮮やかな赤毛は、珍しくきれいに結い上げてあり、大きく肩口まで開いたドレスの背から、すらりと白い首すじが伸びている。
「ダグラス♡」
鏡越しにダグラスの姿を確認したミリアムが、にこっと笑って振り返った。
「どお?なかなか、でしょ?」
ドレスの端を掴んで広げながら、しっかりとポーズをとってみせるミリアム。
結い上げた髪のせいなのか、見覚えのないドレスのせいなのか、それとも、きっちりと化粧された赤い唇のせいなのか、いつもよりずいぶんと大人びて見える恋人の姿に、ダグラスはうっと言葉に詰まった。
「あ−−−−」
大人びて見えるだけじゃない。
やけに、綺麗だ−−−−−。
「−−−−化粧、濃すぎるんじゃないのか」
それなのに、やっと出てきた言葉は、本心とはまるで違う憎まれ口。
これにはさすがに、ミリアムもグレースも呆れ顔になった。
「ダグラス...」
「もお−−−−!ダグラスのキャラじゃないから、ロマンチックしろとはもう言わないけどさっ、レディが着飾った時は、『綺麗だね』とか『素敵だよ』とか言うものだって教えたでしょ、前に!何度も!」
「う、うるせーなっ!だから、俺にそんな言葉を期待するだけ無駄なんだっつってんだろーが。第一、なんで朝からそんな着飾ってんだよ?!ダンスパーティーがあるわけでもないだろが」
「....ほんっとに昨日のあたしの話、全然聞いてなかったのね、ダグラス」
腰に手を当て、ミリアムが大袈裟に深い溜息をついてみせた。
「町に新しくできた写真館!あそこのオーナーに、店先に飾る写真のモデルになってくれって頼まれたんだって、昨日言ったでしょ」
「ああ−−−−あれ、冗談じゃなかったのか」
「ダグラス....」
ミリアムが呆れきって首を振る。
「まあ、いいけど...。とにかく!あたし的には、女ガンマンをテーマにしたカッコいい写真にしたらいいんじゃないかしらって提案したんだけど、どうも需要が少ないらしくって。ドレス姿のほうが普通の女の子には受けて、注文が増えるかもって言われたの。だから!」
「あ、ああ..」
「それに、このカッコじゃひとりで馬車の乗り降りだって面倒だから、ダグラスに町まで付き添ってほしいって頼んだんでしょ。だから迎えにきてくれたんじゃないの?」
「そ、そうだったな....」
−−−−町まで連れて行ってほしい、と頼まれていた部分だけはしっかり憶えていたが、その他の詳細はすっかり忘れていた、とは言えず、ダグラスは口ごもった。
そんなダグラスに軽く溜息をつきつつ、ミリアムがすたすた、と足早に近づいてきた。
立ち尽くしているダグラスの左手を取り、掌を広げさせ、自分の手に持っていたネックレスを手渡す。
細い金のチェーンに、小さな赤い石がついたネックレス。
「−−−−−?」
「この間のあたしの18の誕生日に、(あたしが店まで連れって、あたしが選んで、あたしが)ダグラスに買ってもらった、ネックレス。つけて」
「....今の言葉、なんか含みなかったか?」
「え?」
しらっと答えながら、ミリアムは、ダグラスの目の前でくるりと向きを変えた。ダグラスが留め金をはめやすいように、少し下を向く。
「−−−−−−−−」
ネックレスの両端を両手の指先でつまみながら、ダグラスは、その白く細い首筋を無言でみつめた。
いつもそばにいるものの、普段は髪を下ろしているミリアムの、こんなに細くて華奢な首筋を見ることはあまりない。歩み寄り、その首にネックレスを回して留め金をはめようとしながら、ダグラスは、いつになく動揺している自分に気づいていた。
「......」
恋人同士になってから、少女に触れることも増えてはいたが、彼女は、こんなにも色っぽかっただろうか?
ちょっとした後れ毛がふわりと揺れる様までが、ひどくセクシーで、胸を騒がせる。
「−−−−ダグラス、全然憶えてないみたいだけど、このドレス、実はあたし、前に着たことあるのよね」
留め金をはめるのにやたら時間がかかっているダグラスの心境を知ってか知らずか、ミリアムが下を向いたままポツリと呟いた。
慣れない手つきでやっと留め金をはめ終えて、ダグラスが目をあげる。
「え?」
「あたしが13の時。それ見て、ダグラス、笑ったの」
ネックレスがきちんとはまったことを胸元に手を当てて確かめながら、くるりと振り返り、少し拗ねたように唇を尖らしたミリアムが、ダグラスを上目遣いに見やった。
「で、『なーにチンケな格好してんだよ』って言ったのよね」
「おまーーーそんな昔のこと、なんでいつまでも憶えてんだよっ!」
「純情多感な13歳の少女に、そんなデリカシーのないこと言うほうが悪いのよ」
「しょーがねーだろ。ガキが背伸びして大人の女の真似なんかしてたんだから!ぶっかぶっかだったじゃねーかよ。似合わねーものは、似合わねーんだしっ!」
「−−−じゃ、今は?」
いつもの調子で掛け合い漫才のように声を張り上げてやりあっていたミリアムが、急に声のトーンを落とし、真剣な顔をしてダグラスを見上げた。
「えっ...」
「あたし、もう13じゃないわ。立派な大人よ。−−−今なら、どお?」
「あ、う....」
いつもふざけてばかりいる分、急にミリアムが真剣な顔で問いかけてくると、調子が狂って、ダグラスはいつもタジタジになってしまう。
思わず言葉に詰まって後ずさってしまったダグラスの背後に、タイミングよく、ドタドタと複数の足音が響いてきた。
「おっ!ミリアム、きれーだな!」
「あら、ホント!写真撮影、そういえば今日だったのね。素敵よ、そのドレス!」
「カード!ジョエル!」
「その髪型もいつもと違ってとっても新鮮ね。いいじゃない」
「ありがと♡グレースが結ってくれたの」
「このドレスは胸元が大きく開いているから、髪を上げたほうが素敵だと思ったの。ミリアムは首が長いからよく映えるわ」
階下に降りる途中のふたりは、立ち止まり、ドア枠に手をかけて中を覗き込むような形で口々にミリアムを褒めた。グレースも満足そうに頷いている。
「いやあ、ホント、すごく綺麗だぜ、ミリアム!なあ、ダグラス!」
カードにぽんと肩を叩かれ、ダグラスがギクッとなった。
みんなの注目が、再びダグラスの顔に注がれる。
「あ−−−−、俺、下で馬車の用意して待ってっから、準備できたら降りてこいよ」
そそくさと、後ずさる。
ミリアムの答えを待たず、ダグラスは早足で階段を下りていった。
********
「−−−−だーから、悪かったって言ってんだろ」
ウェルズタウンに向かう馬車の上。
牧場を後にしたところからずっと口を聞いてくれないミリアムに、ダグラスが気まずそうに繰り返した。
「......」
対するミリアムは、まるで真横にいるダグラスの言葉が聞こえていないかのように、ツーンっとそっぽを向いたままだ。
「ミーリアム!」
口の達者なミリアムに言い負かされるのはよくあることなので慣れているが、無視されるのは逆に堪える。しかも何を求められているかは明白なので、観念したように、ダグラスも遂に溜息をついた。
「き−−−−きれいだ」
「え?」
ボソッとしたダグラスの呟きに、ミリアムがサッと振り返った。
かなり不機嫌。目が据わっている。
「今、なにかおっしゃいました?」
「〜〜〜〜〜〜」
ご、拷問だ。馬の手綱を左手に集め、赤くなる顔を右手で押さえながら、ダグラスは、ごほっと咳をした。
「−−−−ドレス、似合ってる。あんまり綺麗でびっくりした。それに−−−−もう時効だと思うが、チンケなんて言って悪かったな」
さすがに、ミリアムの顔を見て言うことは適わず、正面を向いたままで。
それでも、それがダグラスの精一杯だとわかっているミリアムは、途端に機嫌を直してニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「ありがと!」
「うわっ!!」
急に右腕に抱きつかれて、ダグラスが思わず声をあげた。
「あっぶねぇなあ!」
「ダグラスが悪いのよ。最初から、素直にそう言えばいいのにっ」
「−−−−わかってるけどよ...。人間そう簡単に変われねーだろ」
「うん。そうね。あたしも、ダグラスに期待したほうが馬鹿だったわ。やっぱりあたしのほうが大人になって、大きな心で接せるようにならないといけないわよね、うん」
「...そこまで言うか?」
さすがに呆れ顔で見返してきたダグラスに、ミリアムはくすくすと笑いながら、両手で抱きついた逞しい腕に、嬉しそうに顔をすり寄せた。
「......」
見た目はやけに大人びたけれど、中身はやはり、いつものミリアムだ。
ダグラスは、なぜか内心ホッとしている自分に気づいていた。
*********
「ミリアム、いいねー!そうそう!その笑顔でこっち向いて!」
新しくウェルズタウンにやってきた写真家は、ニコラスという名の金髪青目の穏やかな顔をした青年で、ダグラスともあまり年の差がなさそうな若さだった。これまでは、各地を転々として鉄道労働者やバッファローなどの写真を主に撮っていたそうだが、『そろそろいい人を見つけて落ち着きたい』ということで、ウェルズタウンで写真館を開いたらしかった。
スタジオ中央の椅子にミリアムを座らせて、色々とポーズをとらせては、さっきからこれ以上はないというほど褒めちぎっている。ポーズを変えさせる時など、やたらと触りたがる。だいたい、写真のモデルに頼む時点で下心丸見えだ。
「−−−−−−−」
スタジオの入口付近に立ったまま、その様子をじーーーっと見守るダグラスは、とにかく面白くない。ニコラスがミリアムの肩や顔に触るたびに、ぴくぴくとこめかみが引きつっている。
一旦ポーズが決まると、写真一枚撮り終えるまでにしばらく時間がかかるので、モデルはじっと微動だにできない。撮影に入ってから、さすがのミリアムも疲れたのか、珍しく無言になっている。
それが、余計に腹が立つ。
だんだんイライラとしてきたダグラスは、胸ポケットから煙草を取り出し、壁でマッチを擦って火をつけた。
「−−−−あ!!」
カメラ後部を覆っている布に頭を突っ込んでいたニコラスが、煙草の匂いに敏感に気づいて素早く顔を上げ、ダグラスを振り返った。
「ダグラスさんっ!すみません、スタジオは禁煙なんです。煙草は外でお願いできますか?」
本当にすまなさそうな顔で。でも、きっぱりと。
「〜〜〜〜〜〜!」
キッとニコラスを睨みつけ、これ見よがしに火をつけたばかりの煙草を壁に押し付けて消してから、ダグラスは無言で部屋を後にした。
「−−−ダグラス!」
写真館と隣の建物との間の路地でスパスパと煙草を吸っていたら、ミリアムが写真館から飛び出してきた。すったかすったかとダグラスの前まで来て、腰に手を当てる。
「なにイライラしてんの?ニコラスにあたることないじゃない」
「.....」
ぶすっとしたまま、ダグラスは煙草の煙を深く吸いこんでから、空を見上げてふぅーっと大きく息を吐いた。
「−−−まさか、やきもち妬いてんの?ダグラス」
「なっ−−−−」
図星を突かれ、ダグラスがカッと顔を赤くしてミリアムを振り返った。
腰に手を当てた姿勢のまま、いつもと雰囲気の違う大人びた姿のミリアムが、表情も変えずに続ける。
「ばかね。前にも言ったじゃない。ほかの人じゃ意味ないんだってば。あたしがロマンチックしてほしいのはいつだってダグラスだけだし、ほかの人にいくら褒めてもらっても言い寄られても、あたしは全然嬉しくないのよ」
「−−−わかってるよ、んなこたぁ...」
「だったら!ニコラスにあの態度はちょっと失礼じゃない?そんなに面白くないんだったら、ヒューのお手伝いにでも行けばいいでしょ?子供じゃないんだし、ずっと付き添っていてくれなくてもいいのよ。終わったら呼びに行くわよ」
「−−−−!!」
子供じゃないから心配なんだろうが!−−−そう言いかけて、ダグラスはぐっと口ごもった。
とにかく、今朝から調子が狂ってしょうがない。
あの、白い首筋を見て以来−−−−。
腹が立つのは、ニコラスに対してばかりではない。
ウェルズタウンに到着してから写真館に入るまでの間、一体何人の男がミリアムの姿を見て足を止めたことか。
顔見知りならもちろん褒め言葉を投げていたし、見ず知らずの男達でさえ、会話を途切れさせてミリアムにみとれたり、短く感嘆の口笛を吹いたりしていた。
そのすべてに、ダグラスはイラついていた。
「−−−ダグラス?」
いつもなら、こちらの言葉に同じ数だけ憎まれ口を返してくるはずのダグラスが、やけに無口になっていることに、ミリアムが不思議そうに首を傾げる。
「どしたの?大丈夫?」
近づいてきて、ダグラスの右腕に手を伸ばす−−−−。
その手を、ダグラスは思わず振り払っていた。
「ダ−−−−」
「−−−−お前のその格好のせいだよ!調子狂ってしょーがねぇ!」
「え?」
「なんで今日に限って、そんな胸元ぱっかり開いたドレスなんか着るんだよ!いつもは襟のある服ばっかだから、見慣れてねーんだよ。そんなカッコして着飾ってっから、ほかの男どもが振り返るじゃねーかっ!」
「ええ−−−−??」
ダグラスからのまさか、の発言に、ミリアムは目をぱちくりさせた。
反対に、勢いづいたダグラスは顔を真っ赤にしたまま続ける。
「色っぽすぎんだよっ!変な気起こすだろがっ!」
「な、なに言ってんのよ?!変な気って何よ−−−」
「そういうカッコしてっと−−−−」
言って、ダグラスは、そばに立つミリアムの腰を片腕で勢いよく抱き寄せた。
「−−−こういうこと、したくなるって言ってんだよ!」
片腕でその細い腰をがっちりと押さえ、もう一方の手でミリアムの顎に触れて、まるで吸血鬼が血を求めるように首を傾けさせ。
白い首筋に、唇を当てる。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
一瞬何が起こったのか把握できずに、ミリアムは、ダグラスの胸を突き飛ばしてバッと飛び退き、たった今彼の唇が触れた自分の首すじを両手で押さえて真っ赤になった。
熱い。首すじから熱風を吹き込まれたかのように、全身が熱くなる。
「な−−−なにしてんのよ、このスケベっ!」
「ああ、そうだよ、スケベだよっ!悪いかっ!そんなカッコして目の前に立ってりゃ当たり前なんだよっ!俺だって26歳の健全な男だぞ!」
「そ、そういう誘惑に乗る器量はないって前に言ってたじゃないっ!」
「ばかやろぉ!惚れた女が相手の場合は別だろーがっ!」
ミリアムと同じぐらい真っ赤になりながら、ダグラスがヤケクソのように声をあげた。
首筋に手を当てたまま、ミリアムが大きく目を見張る。
「ダグラス....」
「−−−−惚れた女がきれいになっていきゃ、触れたくなって当然だ....」
自分自身、思わず出てしまった行為に気恥ずかしくなり、ダグラスは顔を赤くしたまま、子供のような仕草でプイッとそっぽを向いた。
「あ、あたしは、じゃあ、どうすればいいのよっ!」
両の拳をぎゅっと握り、まっすぐに腕を地面に向けて振り下ろす。
少し泣きそうな顔になりながら、ミリアムが声を張り上げた。
「ダグラス、ちっともロマンチックしてくれないじゃないっ!−−−そりゃ無理だってわかってるけどさっ!でもっ!ちょっとでも着飾って、たまにはきれいだって言ってもらいたいんだもん!」
「ばかやろっ!そんなカッコしなくったって、い−−−いつだって綺麗だって思ってんだよっ!いちいち言葉にしなくったって、それぐらいわかれよっ!」
「な、なによそれっ!身勝手っ!」
言われなくても、そんなことはわかってる。
ミリアムを振り返り、思わず怒鳴ってしまってから、急にバツが悪くなったように、ダグラスは口を尖らした。
そして−−−−。
いつもの彼の荒っぽさからは想像できないぐらい、触れるだけで崩れてしまう壊れ物を抱きしめるようにそおっと、ミリアムに両腕を回して抱き寄せる。
「あんまり急いで綺麗になるなよ....」
「ダグラス....」
ダグラスの肩に頬を寄せ、その背にしっかりと抱きつきながら、ミリアムも、いつもよりずっと素直になっていった。
「な、なによ!いっつもあたしを置いてっちゃうのは、ダグラスのくせにさっ!いっつも、一生懸命ダグラスに追いつきたくて背伸びして頑張ってるのは、あたしなのに。ダグラスってば、いっつもあたしを置いてくくせにっ!」
「−−−−あほ。もうとっくに追いついてんだよ。こんだけ大人になって、こんだけ綺麗になってりゃ、もう背伸びなんてする必要ねぇーだろ。これ以上頑張ったら、俺が置いていかれちまうじゃねーか」
ミリアムを抱きしめたまま、ダグラスは小さく苦笑し、ミリアムの耳元で囁いていた。
「同じ方向見て、並んで歩いていくのが相棒だろうが。俺を−−−−置いていくな。お前は、俺の相棒なんだからさ....」
「ダグラス....」
はっと顔をあげたミリアム。
その、わずかに開かれた赤い唇を求めて、ダグラスは無言で手を伸ばした。燃える赤毛の頭を押さえて引き寄せ、唇を重ねる−−−深く。
ミリアムも、黙って目を閉じ、ダグラスのキスを受け入れた。
****
「あー、もうやめやめっ!」
しばらくの抱擁のあと、ミリアムの頭に軽くキスしてから、ダグラスは気を取り直した様子でミリアムの肩を離した。
「ダグラス?」
「らしくねえや。こんなことでグダグダしてたってしかたねーしな」
心配してたって、このはねっかえりはこれからもどんどん綺麗になっていくのは事実だ。が、どんなに綺麗になったって、ミリアムはミリアム。それは自分が一番わかっているのだから。
軽く背伸びし、カウボーイハットを片手で被り直して、ダグラスはいつも通りの調子でニッと白い歯を見せて笑った。17の頃とまったく変わらない、悪戯小僧のような強気な笑顔。
「お前が突っ走って行くなら、俺が追いついてきゃいいまで、だ」
「−−−−−」
それを見て、ミリアムは、自分の頭に手を回し、バッと勢いよくピンを抜いた。
燃えるような赤毛が、ばさっと肩に落ちて広がる。
「あっ、お前!」
「やっぱりこっちのほうがあたし、だもん。もういいの!写真館用の写真は、もう十分撮ったはずだし」
いつもの明るい声で、ミリアムはにっこり笑った。
「さっ!じゃ、行きましょ!」
言って、ミリアムはダグラスの手をぐいっと引いて写真館に向かってすたすたと歩き出した。
「え?なんだ?」
「今回のモデル代。お金もらう代わりに、あたしとダグラスの写真を撮ってもらうことになってんの」
「はあ?俺?」
つられて歩き出しながら目を点にするダグラスに、ミリアムは顔だけ振り返って、当然、と言わんばかりの強気の笑顔を見せた。
「そうよぉ。だってあたし、ダグラスの写真、持ってないんだもん。いっつも保安官助手のお仕事やほかの農場のお手伝いで、急にふらっと何日もいなくなっちゃうじゃない。その間、あたしはダグラスの顔、全然見えないのよ。寂しいじゃない」
「ええ〜〜っ!?ちょ、ちょっと待てよ。そんな話聞いてねえぞ」
「最初に言ってたら、ダグラス、付いてこなかったでしょ」
「お前、じゃ最初からそのつもりで−−−−」
「あったりまえじゃない。そうじゃなきゃ、モデルの仕事なんて受けてないわよ」
「ミリアム〜〜〜〜」
元気にVサインを見せるミリアム。
呆気にとられてあんぐり口を開けたまま、ダグラスは写真館に向かってずるずると引きずっていかれた。
後日談:
ニコラスから届いた、ふたり並んだ写真。
髪を下ろし、リラックスした表情で満足そうに微笑むミリアムと、緊張しているのか照れているのか、微妙に固い表情で、そのすぐ側に立つダグラス。
額に入った手のひらサイズの写真を、保安官事務所でヒューに見せながら、ミリアムはニコニコと得意顔だ。
「−−−っでね、ダグラスったらね、惚れた女が相手の場合は別だろーってね」
「お、お前、また余計なことまで−−−−!!」
********
「彼方から」の二次創作サイトなのに、スミマセン。でも、最近になって、またこちらも読み直してみたら、ダグラスとミリアムのふたりもいいなーと思い、つい書いてしまいました。でも、このふたりのやりとりを再現?するのってやっぱ、ビジュアルなしでは難しいですねー。やっぱりひかわさんってすごいなあ、って思いました。
ちなみに、この時代のちゃんとしたお家の娘さんは、やっぱり結婚するまで一線は越えないのが普通だろうな、と。早く結婚すればいいのに。ってか、ミリアムが13の時から同じ彼女がいるカードとジョエル!あんた達はいつまで恋人のままなんだっ!ミリアムの友達なんか、パーティーで会って速攻遠くの町に嫁入りしていったぞっ!あとが詰まってるんだ、早くしろっ!w
ダグラスミリアムシリーズは、ひかわ先生の作品中では、最後の最後に読んだものです。
返信削除ウエスタンものってちょっと苦手感があったもので、なかなか手を出さなかった(笑)のですが、読んだ後、もっと早くに読んでおけばよかったと後悔したものです。この二人のやりとり、楽しいですよね。大好きです。
Mama Birdさんのこの作品も、「彼方から」のものと同じく、原作に忠実に書かれているんですね。二人がまさにイメージ通りで、シリーズの番外編を読んでいるようです。
これからも楽しみにしています!
ハイジさん、こちらもコメントありがとうございます。ダグラス&ミリアムは、私も大好きなコンビなんですが、こっちの話は、わりときれいにまとまってエンディングを迎えてるので、ちょっと二次創作のアイディアが出にくいんですよねー。今後、こっちのシリーズに関して書くかどうかちょっとわからないんですが、また書いた際にはご意見お聞かせくださいませ。
削除彼方からの二次サイトを探してて、たどり着きました、珍しくミリアム達を見つけたので、先に読ませて頂きました。絵が、無くてもちゃんとひかわさんの絵が、頭に出てきましたよ。
返信削除違和感なく☀お上手ですねぇ。
また、読みたいです。
みけねこさん、
削除コメントありがとうございます。ミリアム達のお話、気に入っていただけて幸いです。
最近、また彼等のお話も書いてみたくなったので、またちょっとネタを考えてみますね。
これからもよろしくお願いいたします。