(−−−−−まいったな...)
誰もいない部屋の中で、イザークは、天井を仰いだ。
東大陸に渡る前に、また家族に日記を送りたいというノリコを連れて樹海に行くため、一度は別行動になったアゴル、ジーナハース、バラゴ。カルコの町に寄り道した後、彼らと再度合流する約束で訪れた、海岸沿いの小さな港町の、宿屋の一室。
昼間、市の魚屋の青年との一件で自分に要らぬ心配をさせた罰として、イザークは、ノリコに今夜一緒に風呂に入ることを提案した。
もちろん、あくまでも少女を慌てふためかせることが目的だったし、無理強いなどするつもりは到底ない。少し、悪戯心が顔を出しただけ、だ。
(まあ、半分本気だったが、な...)
が、それを提案した時は考えていなかったのだが、ふたりが宿泊している宿は、なんと、2〜3人しか入れない小さな家族湯がいくつかあり、男性と女性の宿泊客が男湯/女湯の大風呂に共同で入るのではなく、宿泊客ごとに割り当てられた一定時間内は、貸し切り状態でそれぞれの風呂場を使えることになっていた。
つまり、2人が希望すれば、イザークとノリコの2人だけで、風呂場のひとつを使える、ということだ。
夕食の最中、宿の女主人から説明を受けて、ノリコの顔がぼんっと真っ赤になった。
イザークの食事をする手も止まったものの、こちらはなんとかポーカーフェイスを保つことに成功していた。
「今夜はお客も少ないし、一番奥の静かな風呂場は、あんた達だけでいつでも使っていいからね」
もらった魚のお礼だよ、と恰幅のいい女主人は腰に手を当ててにこりと笑った。そして、平静を装って水を飲もうとしていたイザークに顔を寄せて、こそっと耳打ち。
「−−−邪魔は入らないよ」
これには、さすがのイザークもごほっと咳き込んでしまった。
その後も食事を続けたものの、ふたりとも急に無口になり、ほとんど上の空だったことは言うまでもない。
部屋に戻ってからも、自分達の間に気まずい空気が流れているのがたまらず、イザークは、まだ顔を赤くしたまま自分と目を合わせることも躊躇われているノリコの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「−−−昼間のことは冗談だ。気にするな。心配せずに、ひとりで風呂を使ってこい」
「え...」
「俺はちょっと出てくる。明日、バラゴ達と合流する前に揃えておきたいものがある」
もちろん、そんなのは嘘だ。だが、戸惑いながら顔を上げたノリコを安心させようと、イザークは精一杯の笑顔を作ってみせた。
「−−−大丈夫だから。行ってこい」
そう言ってノリコをひとりで風呂に行かせたものの、イザークは、つじつまを合わせるために外出するのも億劫になって、着替えもせずにそのまま寝台の上にごろんと横になっていた。
(間が悪すぎたな...)
一緒に風呂に入りたい、という思いがなかったわけでは決してないし、自分のちょっとした悪ふざけに、ノリコが真っ赤になって慌てふためく姿を見るのが楽しくてしょうがないのも事実だ。
が、いつまでもノリコに居心地の悪い思いをさせるのは本意ではない。ノリコが風呂から戻ってきたら、何事もなかったように振る舞おう、と決めながら寝台から身を起こし、軽く溜息をつく。
寝台から足を降ろし、端に腰掛けた時、ふと、以前交わしたバラゴとの会話がイザークの脳裏に蘇った。
*****
「−−−−やせ我慢もいい加減にしとけよなあ!」
なんの脈絡もなくいきなり大声でそう言うと、バラゴが、ダンッと濁り黄酒の入ったカップをテーブルに振り下ろした。
アイビスクで国の再建に力を入れているクレアジータ達の手助けをするため、次は東大陸へ渡ることを決めた日の晩。セレナグゼナの城下町で皆で食事を済ませたあと、ノリコやジーナハースを含めた女性陣は早々にゼーナの館へ引き上げたのだが、イザークとアゴルのふたりは、まだまだ飲み足りないバラゴに無理矢理引き止められ、すぐそばの酒場に引きずり込まれていた。
「お前ら、いったい何年一緒にいるんだよ?まさか、結婚するまでおあずけ、だなんてカワイイこと考えてんじゃねーだろうな」
「−−−いや、バラゴ、そういうことは当人同士に任せて、だな..。ってか、なんでお前、そんな唐突にこの話題を出してくるかな」
「アゴル!そういうお前だって、この間言ってたじゃねーかよ。『あのふたりを見てるともどかしい』ってよおー」
−−−完全に酔ってる。
隣に座るごつい男の肩をぽんぽんと叩いて諌めようとしていたアゴルは、自分まで引き合いに出されてしまい、向かいに座るイザークに、ははははは...と、バツが悪そうな苦笑を向けた。
「イ、イザーク、もうそろそろ帰ったほうが....」
「−−−−いや!もう、今夜は言うぜ、俺は!」
助け舟を出そうとしたアゴルを制し、バラゴは、テーブルの上に両手をついてずいっと身を乗り出し、真っ赤になったいかつい顔を、イザークの端正な顔の前に突き出した。
「いつかは誰かが言ってやらんといかんのだ、こういうヤツには!」
「バラゴぉぉ〜〜〜〜」
「−−−いいか、イザーク!ノリコはなあ、お前のために自分の世界を捨てたんだぞぉ!それだけお前に惚れてるってことなんだからなぁー!」
バラゴに言われるまでもない。
そんなことは重々承知している。
本当の意味での『家族』と呼べるほどのものを持ったことがない自分でも、その重みは十分に感じている。
普通の人間なら、真っ赤に酔っぱらったバラゴに鼻息荒く目と鼻の先まで顔を近づけられたら、思わず吹き出してしまうか、ビビって引いてしまいそうなものだが、まったく感情が現れない無表情のまま、イザークはまっすぐにバラゴの目を見返した。
「−−−−酔いすぎだ。もうやめておけ」
「なっ....!」
まともに自分の問いかけに答えようともしないイザークに、さすがにバラゴもカチンと来た様子で、テーブルにバンッと勢いよく両手をついた。そのまま立ち上がりそうになるのを、アゴルが慌てて上から両肩を押さえて制する。
「−−−バラゴっ!」
「イザークっ!お前ぇ、かわいくねーぞ!いや、元々かわいくねーがよっ!もっと自分に正直になれってーんだ!」
「惚れた女を抱きたいと思って何が悪いっ!ノリコのどこが不満だっ!俺だってノリコみたいなカワイイ彼女がいたら、すぐにも抱くぞっ!抱いて俺だけのものにするぞぉー!」
「俺だって彼女欲しいぞーーーー!」
もう、支離滅裂だ。
大声を上げてはいるが、喧嘩を売っているというより説教口調で、座ったまま自分を見上げているイザークに人差し指を突き出し、バラゴは続ける。
「ノリコを変に神聖視とかしてんじゃないだろーな?『天上鬼』の自分が手を出したら、穢れるとでも思ってんじゃねーのか、お前?」
*****
「−−−−そうじゃない」
あの晩のバラゴの問いに答えるかのように、誰もいない部屋の中で、イザークはぽつりと声に出した。
「そうじゃ...ない」
確かに、『元凶』との戦いが終わるまでは、抱いてはいけない、と思っていた。
もしも、すべてが終わり、ノリコが自分の世界に還りたいと願うことがあれば−−−。もし、還してやることができるのであれば−−−。
きれいな身体のままで還してやりたい、と心の何処かで考えている自分がいた。
が、あの日−−−−。
『あたしはイザークといたい!』
なんのためらいもなく、ノリコはまっすぐにイザークを見上げて言った。
『ずっと一緒にいたい!』
その言葉が、どれほど嬉しかったか。
今はまだ、光の力を世界中に分けていく仕事が残っている。
が、それが終わったら。
『天上鬼』と『目覚め』としての自分達の役割をやり遂げたら。
その時は、自分の妻に−−−家族になってくれ、と、申し込むつもりでいる。ノリコが、元の世界を捨てて自分を選んでくれたあの日に、その意思は固まっていた。
『−−−だったら、なんの遠慮もいらねえんじゃねーのか?』
聞こえるはずのないバラゴの声が聞こえたような気がして、イザークは知らず苦笑した。
それでも、まだノリコを抱けずにいるのは....。
「......」
寝台に腰掛けた姿勢のまま、頭のバンダナを外す。
サイドの髪が、俯き加減だったイザークのほっそりとした頬にさらりと落ちた。
『−−−−あんた、過保護だなあ』
何度も言われた台詞。
顔も知らない追っ手から、いつ、魔の手が伸びるかわからなかったあの頃。
もし、自分がそばにいない時に、ノリコに何かあったら−−−−−。
イザークの心配は決して根拠のないものではなかったし、実際、わずかな油断を見せた際に、ノリコが攫われそうになったことは幾度もある。
『天上鬼』と『目覚め』の2人にとっては、当然とも言える警戒のしかたであっても、事情を知らない人達の目には、確かに、イザークの単なる過保護と映ったかもしれない。
−−−−が。
そうでなくても、自分がかなりノリコに依存していることは、イザークも承知していた。
いままで、家族にさえも愛されなかった自分。誰にも頼ることなく、自分だけの力で生きてきた自分に、急に出現した、自分の命よりも『大切な人』。
ノリコの姿が見えないだけで、急に不安になる。
ノリコがほかの男に微笑みかけるだけで、心がぐらつく。
『過保護も過ぎると束縛になるぜ』
−−−−以前、誰かに的を突かれたことがあった。
そうだ。それが怖いのだ。
今でさえ、もうこれ以上はないというほど少女を愛してしまっているのに。
抱いてしまったら、もう止まらない。
心だけでなく、彼女の髪から指の先まで、そのすべてを自分のものにしてしまったら。
もう、離せなくなってしまう。
たとえいつか、ノリコが心変わりをして、元の世界へ還りたいと願ったとしても。
もしいつか、誰か別の、普通の男のもとへ行きたいと願ったとしても。
それでも、ノリコを手放せなくなりそうで。
それが、怖くて....。
「まいったな....」
今夜、もう何度目かの呟き。
頬にかかった漆黒の髪をけだるげにこめかみから搔き上げながら、イザークはふうっと溜息を漏らした。
今夜のことがバラゴに知れたら、またなんと言われるか−−−−。
−−−−と。
「−−−ちょいとお客さんっ!」
ドンドンドンッ!と勢いよく部屋の扉が叩かれ、イザークは弾かれるように寝台から立ち上がった。
急いで扉を開けると、宿の女主人が、ゆでダコのように真っ赤になったノリコを支えて立っていた。
「ノリコ?!」
「いやあ、あんまり静かだったからもう使ってないのかと思って、掃除しようと入ったら、このお嬢さんが脱衣場で倒れてるからビックリしたよー。そんなに倒れるまで長風呂しなきゃいいのにねぇ」
「−−−−−!!」
倒れたと聞いて青くなりながら、イザークは慌てて腕を伸ばし、女主人からノリコを引き取った。ふらふらした足取りで部屋の中へ入り、自分の胸に顔を埋める形で身を預けてくるノリコの肩を、片腕でしっかりと支える。
「−−−すまん、世話をかけたな」
「気にしなさんな。少し涼めばすぐ元気になるよ。これ、井戸から汲んできたばかりの冷たいお水。飲ましてあげな」
にこやかにそう言って、女主人は左手に持っていた水差しを差し出した。
「仲良く一緒に入ってるもんだと思ってたら、びっくりだねぇ。あんたもたいがいイイ男だけどさ、こんな可愛い彼女をほっといちゃ、バチが当たるよ」
軽くウインクする女主人から水差しを受け取りながら、イザークは自嘲気味に軽く笑い、会釈を返した。
水差しを持った手の甲で扉を押して閉じてから、肩に寄りかかりうつむいたままのノリコに目をやる。まだ濡れたままの髪。湯気が立ちそうなくらい火照った少女の身体の熱が、ぐったりと寄りかかってくる自分の肩を通して伝わってくる。
「−−−倒れるほど長風呂をしなくとも。俺を呼べば、すぐに迎えに行ったのに」
遠くにいても心で会話ができるのだから、こんな時にこそ使わずどうする−−−。
少し非難するような口調になってしまったのは、少女が倒れていたことにも気づかずに、ひとり悶々としていた自分への苛立ちのせいだ。
ノリコの肩を抱いて寝台脇の椅子まで誘導しようと一歩踏み出したあと、イザークは、思いがけず力強くノリコに脇から腰に抱きつかれて立ち止まった。
「ノリコ?」
「−−−−....のに」
イザークの胸元に顔を俯けて押し付けたまま、ノリコがぼそり、と呟いた。
「−−−え?」
「−−−−た、のに...」
「なんだ?」
俯いたままでは、よく聞こえない。
身体を離して顔を上げさせようとするイザークの手から顎を反らし、さらにギュッと力いっぱいイザークの腰に抱きつきながら、ノリコは俯いたままで声を上げた。
「−−−あたし、待ってたのに」
「え?!」
今度は、はっきりと聞こえた。
が、あまりに唐突なコメントに、イザークは意表を突かれて息を飲んだ。思わず、手にした水差しを落としそうになる。
「ずっと−−−待ってたのに。イザーク、来てくれなかった。一緒にお風呂に入ろうって先に言ったのはイザークなのに....」
「あ、いや−−−−」
かあーっと顔が赤くなるのがわかる。おろおろと狼狽えそうになる心を必死で抑え、イザークは、ノリコの細い肩を掴み、ぐいっと自分から引き離した。
「と、とにかく座ろう。少し水を飲んだほうがいい」
まだ何か言いかけるノリコを遮るように、少し強引に椅子まで連れて行って座らせる。
「−−−ほら」
サイドテーブルにあったカップに、水差しの冷水を注ぎ、少女に手渡す。ちょこんと椅子に座ったノリコは、差し出されたカップを両手で受け取り、そのまま素直に飲みはじめた。
小さな丸いテーブルを挟んで並んだ、ふたつの椅子。空いたもう一方に、イザークは、ノリコに目を向けたままでゆっくりと腰を降ろした。
「......」
よほど喉が渇いていたのだろう。両手で握ったカップを高く掲げ、こくん、こくんと喉を鳴らしながらノリコが水を飲む。
その唇とカップの間から水が一筋こぼれ、ノリコの顎から首筋へ−−−そして、一枚布を前面で重ねて帯で押さえただけの夜着の胸元へと伝い、谷間へと消えた。
「−−−−−!!」
それだけのことに、思わずドキリとしてしまい、イザークは思わず口元を手で押さえ、ノリコから顔を背けた。気づかず、ノリコは水を飲み続けている。
「......」
やばい。変な気分だ。
急に、胸が高鳴る。まともにノリコの顔が見れない。が、ノリコに変な気を遣わせたくなくて、イザークは、無理して再びノリコのほうに顔を向けた。
そして−−−−改めて、気づく。
あれから、もう2年以上の月日が過ぎていたことに。
初めて出会った頃は、まだ17歳の何も知らない少女だった。
言葉もわからず、自分に課せられた運命も知らず、ただただ、家に帰りたいと泣いていた、か細い少女。
それなのに。
いつの間にか、その子供っぽかった華奢な身体は丸みを帯び、しなやかで女性らしい姿に変化していた。上気した薄紅色の肌が、水を飲む喉の動きに合わせて軽く上下するその動きが、なんと艶っぽいことだろう。
(.......)
胸が、騒ぐ。体中が、熱くなる。
腕を伸ばし、すぐにも少女を抱き寄せたくなる衝動をぐっとこらえ、イザークは、少し開いた両足の上に肘を置いて、手を組んだ。気を紛らわせようと、自分の指先に視線を落とす。
「あたし−−−−魅力ないかな」
カップの水を飲み干したノリコが、カップを持つ手を自分の膝元に降ろしながら、ぽつり、と呟いた。
その、あまりのタイミングの良い質問に、イザークの肘がガクッと膝から落ちた。
「な−−−−−−−」
「だってね、下でおばさんにも言われたの。1年以上も一緒にいるのに、好き合ってるんだったら、とっくに良い仲になっててもおかしくないのにねーって」
「カルコの町のお医者さんにも、実は同じようなこと言われてて−−−。アニタ達も、女の子だけで集まると、いつもあたしのことからかうし。あ、そうだ、グゼナを出る前に、バラゴさんにも言われたの、実は。『お前らは変だ。ノリコは色気が足りないのか。もうちょっと色っぽい格好したほうがいいのかもなー』なんて」
緊張すると、やけにぺらぺらと口数が多くなるのもノリコの癖だ。
が、その中にバラゴの名前が出てきた際には、イザークの目が急に厳しくなった。
(あいつ、ノリコにまで−−−−)
真剣に殺気を覚えたかもしれない。明日会った際にはただではおかない−−−−。
そんなイザークの様子には気づかず、勢いづいたノリコは、風呂でのぼせたせいだけとも思えない、真っ赤な顔で続けた。
「やっぱり、あたしって色気がないのかな。女っぽくないから、イザークにも魅力を感じてもらえないのかな」
「ノリコ...」
「あたしの気持ち、受け入れてくれてからもう1年以上になるのに、お風呂にだって一緒に入ってもらえないぐらい、あたしってダメなのかなー、なんて...」
「−−−ノリコ!」
少し自嘲気味にえへへ、と笑いながら、同時に恥ずかしそうに顔を赤らめるノリコの腕を、イザークは思わず掴んで引き寄せていた。同時に、するりと椅子から立ち上がる。
「きゃ....」
バランスを崩して椅子から前のめりに落ちそうになったノリコの身体をくるりと反転させ、イザークは、優雅な動きで少女を背中から抱きとめた。そのまま、少女の膝裏に腕を回し、ふわりと抱きあげる。
「−−−−−!!」
イザークの足下に、ノリコが先程まで握りしめていたカップが、ことん、と転がった。
何が起こったのかノリコが把握するよりも早く、その華奢な身体は、ぽとんと寝台の上に寝かされていた。その上に、ふわりと軽い身のこなしでイザークの逞しい身体が覆い被さる。
「イザ.....!」
びっくりと目を見張るノリコの頬を両手で包み、顔を上向かせ、自分の名を呼ぼうと開かれた唇の間に舌を滑り込ませる。
「んっ....!」
いつもの、ついばむようなキスとはまるで違う、激しい波のような口づけ。
口内を激しく蠢く熱い舌。角度を変えつつ何度も何度も繰り返される行為に、最初は翻弄され、戸惑うしかなかったノリコも、次第にその波に呑まれ、応えようと身体を起こした。漆黒の髪に指をからめ、その肩に、首に、腕をまわす。
(イザーク....)
永遠に続くかに思われた時が、ふと、止まる。
頭の中が真っ白になって何も考えられなくなっていたノリコは、荒い呼吸で半開きになった唇をそのままに、イザークの首にまわしていた腕を彼の胸元まで降ろしながら、ゆっくりと、目を開いた。
「イザ...ク....?」
両手でノリコの頭を包み込むように支えたまま、イザークは、まっすぐにこちらを見下ろしている。何を考えているのかまったくわからない、真顔。
漆黒のはずのその瞳は、今は、少し青みがかった色に変わっている。
「イ....」
「−−−愛してる」
もう一度彼の名を呼ぼうとした唇が、言葉を紡ぐ代わりに、小さく息をのんだ。
「愛してる」
真顔のまま、まっすぐにノリコの目を見つめて、イザークが繰り返す。
「愛してる」
そして、ノリコの答えを待たずにその唇を塞ぎ、また激しい口づけを落とす。
「−−−−あっ....」
その唇が首筋へと移動した途端、ノリコの身体がびくんと敏感に反応してのけぞった。
帯で押さえられただけの夜着の胸元は、激しく繰り返される口づけのうちに、いつのまにか乱れ、大きく開いていた。ノリコが軽くのけぞった拍子に、するり、と肩の部分がずれ落ち、形の良い乳房を露にする。
(−−−−−!!)
「あ−−−−−」
羞恥にかっと頬を染めて、ノリコが左手の甲で口元を覆い、顔を反らした。
その瞬間、イザークの中で、最後の、理性の箍が外れた。
これまでずっと抑えつけてきた想いが、堰を切って流れ出す。
ノリコの上に馬乗りになったまま、素早く上半身を起こすと、イザークは革のベルトをするりと外し、ノリコの露になった胸から視線を外すこともできずに、もどかしげに上着を脱いだ。少しでも早く、ノリコと自分の肌を直に触れ合わせたい−−−−。焦る思いで、シャツも荒々しく脱ぎ捨てる。
「ノリコ....」
熱のこもった甘い声で名を呼び、髪を掴んで自分に顔を向かせ、再びノリコの唇を奪う。
もう一方の手が、ノリコの胸を鷲掴みにした。
「あ.....」
唇の端から、ノリコが声を漏らし、その全身が、一瞬緊張に固くなる。
その声にハッと我に返って、イザークは動きを止めた。唇を離し、ノリコの首筋にさっと顔を埋める。
「−−−−怖いか?」
俺が。
獣のように欲情し、浅ましくも、欲望のままにその身体を貪ろうとしているこの俺が。
自分で聞いておきながら、そうだ、と答えられることに怯えるように、イザークはじっと動きを止めて、ノリコの耳元に顔を寄せていた。
「−−−−ううん....」
永遠に感じられた沈黙は、ほんの一瞬のことだったのかもしれない。
イザークがこれまでに見たこともないほど、やけに大人っぽい眼差しをしたノリコは、むき出しになったイザークの肩に両手を回し、上半身を浮かして、心臓が口から飛び出しそうなほど激しくバクバクしている自分の胸を、同じように熱いイザークの胸に押しつけるように抱きついた。
「怖くなんか...ないよ。イザークしか...いないもの..。あたしには−−−イザークしか...考えられない」
そういって、まだ顔を隠したままのイザークの耳元に唇を寄せ、そっとキスする。
「イザークの全部が、欲しいの...」
小さく震えたその呟きに、ハッと顔をあげ、ノリコの目を覗きこみ−−−−。イザークは、もう何も考えられなくなっていた。
ノリコの細い肩を折れそうなぐらいきつく抱きしめ、肌と肌のぬくもりを確かめる。狂おしく、その首筋に、胸に、何度も口づける。印を、つける。
(俺の、ものだ−−−−−)
もう、止められない。もう、止まらない−−−−。
たとえ、束縛と呼ばれようとも。
夜が、更けていく....。
**********
すっごいタイムリ-です!!
返信削除彼方から を先週 貸本屋で読み返しました。
イザ-クが
もう とってもせつなくて 泣いてしまいました。
ここの小説とても二人を表現されてて 感動しました!!
二人の愛が育まれていく描写がとても素敵です。
次回作 楽しみにしています!!
にゃんたろさん、
削除コメントありがとうございます!気に入ってくれてとっても嬉しいです。
既読記録が出るので、割とたくさんの方に読んでいただけているのはわかるのですが、実際にコメントをいただくと、とっても嬉しいです。これからもよろしくお願いしますね!
はぁ〜。本当に素敵で何度も読み返してます。
返信削除はるか昔に大好きだった「彼方から」
最近再度どっぷりハマってしまい、イザークのかっこよさにジタバタしている毎日でしたが、当然続編もなく、熱い想いを持て余していた所、こちらのサイトに辿り着きました。
原作の雰囲気そのままにその後の彼らが書かれていて、まさに物語がそのまま続いているようです。ずっと続けて欲しいです。
続編楽しみにしてますね。
ミランダさん、
削除コメントありがとうございます。気に入っていただけて嬉しいです。
これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
控え目に言って最高です!!!
返信削除うわぁ最高。
返信削除ありがとうございます!!
2人がラブラブするの、もっと読みたいです。