12/29/2015

ホントの気持ち

「−−−−失礼しますっ!!」

苛立ちをそのままに、バンッと叩きつけるように扉を閉じ、グローシアはザーゴ国左大公の執務室を後にした。中から自分を呼び止める母の怯えた声が聞こえたが、聞く耳はもちろん持たなかった。

(信じられない!信じられない!信じられないっ!)

回廊を大股でずんずん歩きながら、グローシアは、叫びたくなる気持ちを両手の拳をきつく握りしめることで抑えた。

(ふたり揃って呼び出すから何かと思えばっ!!!)

呼び出されたのが自宅の書斎ではなく、宮殿の執務室だったことから、少しは察するべきだったのかもしれない。

(まったく...!!話にならないったら!)

クーデター騒ぎで国を追われていた時期があったため、少しブランクができてしまっていたが、その後再び学院に戻り、政治学を学んだ。いずれは政務官として父と共に平和な国作りの手助けをしたい、という夢を持ち、今は政務官見習いとして宮殿で実務経験を積んでいるところだ。

それなのに。

『まー!女の子がいつまでも嫁に行かずに何をしているのかしら』

『政治のことは我ら男に任せて、女性らしく花嫁修業でもしておればいいものを』

パロイ国王が治めるようになってかなり開放的になったはずのザーゴ国においても、女というだけで、どこへ行ってもそういった中傷の言葉がついてまわる。

そんな言葉にいちいち傷つくようなグローシアではないが、さすがに今回は頭にきてしまった。

(宮殿で働く女がすべて婿探しが目的だとでも思ってるのかしら??)

元々鋭い顔つきだが、今はさらに厳しい表情になっている。
どうにも抑えがたい苛立ちに、グローシアは、肩を怒らせたまま、さらに歩調を早めた。

今日はもう宮殿内にいたくない。
少しでも早く、この場所から立ち去ってしまいたい−−−。



「−−−おおっと!」

「きゃあ!」

回廊の角を曲がった途端、勢い良く前から来た人にぶつかりかけて、グローシアは短く悲鳴を上げた。相手のほうが一呼吸早く気づいていたのか、両肩をぐっと掴まれ、ぶつかる前に身体を支えられて立ち止まる。

「ご、ごめんなさい!」

「おお、グローシア」

「アレフ!?」

勢いをいきなり止められた反動で少しのけ反りながら、グローシアは、相手の顔を見て大きく目を見張った。

正直、今一番会いたくない人物。

「な、何してるのよ、こんなところで?」

「何してるの、と言われてもねー。俺は左大公の警備隊長ですからね。主に呼ばれたら、即参上するのが道理ってもんでしょう?」

いつも通りの、真意を測りかねる穏やかな笑顔で答えるアレフに、思わず苛立ちを覚える。

自分の両肩を支えてくれているアレフの腕をいささか荒っぽく振りほどき、グローシアは、口の端をキュッと結んだままで、鋭い視線を向けた。

「...なんだか穏やかじゃないね。俺でよければ、愚痴を聞くぐらいはできますけど?」

にっこりと、微笑んで。

「.....」

今、一番会いたくなかったのも事実。
でも、こうして笑顔を向けられると、ずっと一緒にいたくなってしまうのも、事実。

なのに自分の心に素直になることだけはできず、グローシアは、複雑な表情のままでアレフをみつめた。

「...お父さんに呼ばれてるんじゃなかったの?」

「まあ、そうですが。こっちのほうが大事でしょ」

軽くウィンクしながら、しらっとそんなことを言われて一瞬ドキッとしたなんて、口が裂けても言わないんだから。

「...バカ」

気勢をそがれて肩の力を抜きながら、グローシアはアレフから視線を外し、ぼそりとそれだけ呟いた。


***

宮殿の中庭にある小さな東屋。

その端の階段にちょこんと膝を抱えた座ったグローシアを、すぐそばの柱に軽くもたれかかりながら、アレフが見下ろす。

「−−−じゃあ、ジェイダ様から求婚の申し込みがあった話を聞かされて、それで怒り心頭ってわけですか?」

「お父さんだけじゃないわ。お母さんまで一緒になって私を呼び出しておいて、いきなり求婚者の話を持ち出されて!すでに顔合わせの場もセット済みってどういうことよ?!勝手すぎると思わない??」

「あー」

話しているうちに再び怒り心頭で声を荒げるグローシアに、アレフは、どうしたものか、とぽりぽりと頭を掻いた。

「まー、でも、君も良い年頃なんだから、これまでにも求婚者なんていくらでもいたでしょう」

「そりゃ...。でも、私が興味ないのはわかってくれてたから、これまではすべて正式な申し込みになる前にすべてお父さん−−−というか、兄さん達が断ってくれてたのよ。でも、今ちょうど兄さん達がタルメンソン訪問中だから、その隙を突かれた感じね。油断したわ」

心底悔しそうに言うグローシアに、アレフが軽く笑う。

「求婚っていうより、敵に城を侵略された、みたいなノリだな、それじゃ」

「同じことよ!左大公の娘だからってだけで求婚してくるヤツなんて、自身の出世のことしか考えてないじゃない。政略結婚よ。城に攻め入られたも同じだわ」

「いやいや。そうとも限らないでしょ。本当にグローシアのことを好きで求婚したのかもしれないし」

「だったら、なぜ私に直接求婚してこないのよ?お父さんのところに先に申し込みに行くなんて、自分のアピールしに行ってるようなものじゃない。『私』じゃなくて、『左大公の娘』への求婚以外のなにものだっていうのよ」

「...単に古風な人柄で、礼儀を通したかっただけっていうのはあり得ないのかな?」

「ないわ!」

きっぱりと間髪入れずに返すグローシアに、アレフも思わずクククッと肩を震わせて笑い始める。

「いや、だってグローシア、その『求婚者』が誰なのかも聞かないうちに飛び出してきたんでしょう?だったら、その人がどんな人物か、どういうつもりでグローシアを嫁さんにしたいと思ってるかなんて、わかるはずないのでは?」

「...面白がってるわね、アレフ」

「いえいえ。真面目に、あなたにもっと大きな視野で状況を把握するようにとアドバイスしているだけですよ」

「.....」

口調は確かに真面目だが、目が笑っている。
上目遣いに少し非難するような視線を向けながら、グローシアはふうっと溜息をついた。

「そりゃ、王族だったら政略結婚も仕方ないかと思うわよ。不公平だとはもちろん思うけど、国同士の平和や繁栄に直接影響するような立場にいるんだから」

呟いて、グローシアは、今まさに遠い異国の地で政略結婚のための見合いをさせられている幼なじみの青年のことを思いだしていた。

出発を見送った際、彼は自分の運命を素直に受け止めているようで、特に不満を漏らしたりはしていなかった。ただ、まだ見ぬ『婚約者』がどんな人かと多少不安には思っているようではあったが。

「−−−ただの我儘じゃないわよ。私の結婚が本当にザーゴのためになるというのなら、もちろん真剣に考えるわよ。でも、可能なら、私は私なりの方法で国に貢献していきたいのよ。お父さんの力になりたいの。そのために頑張って勉強もしたし、努力もしてきてるのに....」

すでに父の右腕として働いている兄達のように、剣を振るう力はなくとも。
学問と機智で能力を発揮できると信じていたいのに。

「女っていうだけで、やっぱり結婚しろって言われるのは、たまらないわ」

「いや、だから、それが理由で求婚してきてるかどうかはわからないでしょうって話でしょ」

深々と、溜息。
自分の無力さを嘆きだしたグローシアに、アレフが肩をすくめた。

「とにかく、まずは相手がどんな人かきちんと話を聞いてみては?もしかしたら、意外ときちんとグローシアの気持ちを考えてくれている人かもしれないし−−−」

言いながら、ひらり、と舞い落ちてきた木の葉が視界の隅に入り、反射的に受け取ろうと手を伸ばしながら追いかける。

「−−−アレフも、私がこの結婚を受け入れたほうが良いって思ってるの?」

不意に静かな声を背に受け、アレフは動きを止めた。

「はい?」

一瞬の間を置いて静かに振り返った顔には、いつも通りの穏やかな作り笑顔が張りついている。

「......」

見返すグローシアの瞳には、彼の心の奥底を見透かそうとするかのような、射るような鋭い光が宿っている。それでも動じることなく、アレフは笑顔のままでわずかに小首を傾げた。

「それは−−−グローシア、あなたが自分で決めるべきことですよ。あなた自身の将来のことなんですから」

いつも通りの、彼の口調。
でも今は、それがひどく他人行儀に聞こえて、グローシアは黙って唇を噛んだ。

いっそ『俺には関係ないでしょ』と言われたほうが、よほど気が楽だ。

「.....」

何か言おうとしたが、いま口を開けば、ずっとひた隠しにしてきた想いが涙と一緒に溢れだしそうな気がして、グローシアはぐっと言葉を噛み殺した。

こんなことで、泣いたりなんか、するもんか。

膝を抱えて座り込んだまま、グローシアは視線を地面に落とした。
こみ上げてくる感情をやり過ごしてしまうまでは、アレフの顔を見ることさえできない。

「グローシア...」

さすがに彼女の落ち込みぶりを気の毒に思ったのか、アレフの顔から作り笑顔が消え、眉間にわずかな皺が寄った。

俯いたままのグローシアの頭に、そっと手を置こうと腕を伸ばしかけたその時−−−−。


「グローシア!」

後方から呼ばれ、座ったまま、グローシアがハッと顔をあげた。
同時に、アレフがすっと腕を引っ込め、数歩うしろに下がる。

「お父さん」

「−−−まったくお前は。人の話は最後まできちんと聞きなさい」

いつもと変わらないゆっくりとした歩調でふたりに近づいてきながら、ジェイダ左大公は、ふうっと困った様子で溜息をついた。(娘の剣幕に恐れをなしたのか、ニアナは執務室に残ったらしい)

ちらり、と視線を上げたジェイダと目が合い、アレフは大きく口元に笑みを浮かべながら、軽く会釈をした。それに頷いて応えてから、ジェイダ左大公は、再び目前の愛娘に視線を戻す。

「本当に、悪い話ではないんだよ。お前もきっと気に入るから、とにかくちゃんと話を聞いてくれないと」

聞き分けのない幼子をあやすような口調がさらにカチンときた様子で、グローシアが眉を吊り上げ、勢い良く立ち上がる。

「悪い話かどうかは、私が自分で決めることでしょう?政略結婚なんて、そりゃ、ザーゴやお父さんのためにはなるかもしれないけど、どこかのお偉いさんの脳なしボンボンとの結婚なんて、私は絶対に嫌ですっ!」

「いや、だから、人の話を最後まで聞きなさいと−−−−−」

「だいたい、信じられないわよ!お父さんがこんな話、私に持ってくるなんて。お父さんは私のこと、ちゃんとわかってくれてるって思ってたのに」

「グ、グローシア、聞きなさいってば」

「嫌なものは嫌なのっ!私は、私のやりかたでこの国に貢献しますっ!政略結婚なんてまっぴら!!このお話は、ちゃんと断ってください!」

「あ、あの....」

他国の国王達とも対等に渡り合う大国ザーゴの左大公ともあろう男性が、二十歳そこそこの娘を相手にタジタジになっている。ふん、と仁王立ちになりながら力説するグローシアの横で、アレフが思わずぷっと吹き出した。

「−−−−−!!」

身体ごとアレフを振り返り、グローシアがきつい視線で睨みつける。

慌ててアレフも、降参、とばかりに軽く両手を肩まで上げて一歩下がった。が、その顔には穏やかな笑顔が張りついたままだ。

「私は−−−−−」

再び何か言いかけて、グローシアはぐっと言葉を飲み込んだ。

この状況で、言ってどうなる?
どうせ何を言っても、この男はのらりくらりと言葉を濁して本心を見せてくれはしない。

(どうして私はこんな面倒な人を−−−−)

ああ、腹立たしい!

にこやかな笑顔に思いきり張り手を食らわせてやりたい気持ちになりながら、グローシアは、ふんっと鼻息も荒くアレフから顔を背け、駆け出した。

「グローシア!」

追いかけてくる父の声。

クーデターの冤罪を被って、家族バラバラに国を追われたあの日でさえ、ぐっと堪えた涙が、いま立ち止まれば溢れてしまいそうで、グローシアは、走りながら唇を噛んだ。

こんなに心が脆くなるのなら、恋なんて気づかなければ良かった。


***


「−−−あれは、わかっているのかな。相手が君だということに」

強情な娘が走り去っていく姿を見送りながら、ジェイダ左大公は、お手上げ、といった様子で頭を掻き、小さく溜息をついた。

それを見て、アレフも両手を頭の後ろで組みながら、にこやかに笑う。

「さあ、どうでしょうね?」

本心を悟られたくない時に彼が見せる作り笑いとはまるで違う、明るい、晴れ晴れとした笑顔で。

「さあ、って君ね....」

面白がっているとしか思えないアレフの態度に、ジェイダ左大公は、やれやれ、と肩を落とした。

「あれの君に対する気持ちを知っていればこそ、君からの申し出は私もニアナも心から歓迎している。だが、あれを怒らせたら後が怖いことは、君もよく知っていると思っていたんだがね」

「いやあ、でも、どっかの能無しボンボン子息が相手じゃないってわかった時に、彼女がどんな顔をするのか見てみたいじゃないですか」

「それに」

心底心配してくれている様子のジェイダ左大公を相手に、アレフは、にっこりと幸せそうな満面の笑みで応える。

「どうせ一生尻に引かれることになりそうですからね。一度ぐらいは優位に立ってみたいってのが正直なところですよ」

言って、主−−−そして今後は義父ともなる−−−ジェイダに大袈裟なぐらい深々と一礼してから、やっと、アレフはグローシアのあとを追って歩き出した。

本当の気持ちを、今度こそ伝えるために。


******************

<あとがき>

今回は、グローシアの恋バナ?になります。以前から少しずつ書いていたのですが、やっと形になりました。グローシア&アレフのカップリングって、皆さん的にはどうなんでしょうね?私は、原作を読んでる時から、グローシアはきっとアレフが好きなんだろうなーって思ってたんですけど。

時系列的には、ちょうど『氷の鏡』でイザーク達がタルメンソンに到着した直後ぐらい、です。うるさい兄さん達がいない間に話を決めてしまいたかったアレフの思惑が背景にww

賛否両論かと思いますが、皆さんのご意見をお聞かせいただければ幸いです。

3 件のコメント:

  1. アレフとグローシア…私はいいと思います。勝手なイメージですが、アレフは警備隊長だから強いでしょうし、穏やかそうに見えて実はすごく鋭い観察力とか持ってそうだし…それに大人だし、気の強そうなグローシアをふんわり包み込んであげられそうな気がします。

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    1. リョウさん、こんにちは!
      アレフとグローシア、なかなか面白い?カップルになりそうですよね。前からちょっと書いてみたかったんですよー。でも、アレフのことだから、素直に好きとか言いそうにないなー、と。あと、わりと身分の差とかも気にするのかなーと思ったりしてたんですが、まあ、王家とかでもないしね。あり、かな、と。

      ほかにカップルできそうな人っていますかねー。原作に登場するキャラクターを、自分のオリジナルキャラとくっつけるのは苦手なので、既存キャラ同士でそういうチャンスがありそうな人達が入ればいいのですが。個人的には、やっぱりバーナダムとバラゴに幸せになってほしいなーwww

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  2. こちらの印象が強くて、原作を読み返したときに、二人の関係に違和感覚えたくらいです。原作の続きみたいで、本当すてき。ありがとうございます。

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