遠くで、愛しい妻の笑みを含んだ声が聞こえる。
ふっと目が覚め、ぼんやりとしていた意識がゆっくりと鮮明になってゆくのに合わせ、イザークはまだ少し重い瞼を開いた。
「......」
傾きはじめた、暖かい春の木洩れ陽が頬に触れる。
眩しさにやや目を細めたまま、イザークはゆっくりと頭をもたげ、先程声のしたほうを見遣った。
見慣れた庭。
少し離れた場所にある物干し台のところに立つ人影が、巻き取ったシーツを両腕に抱えながら、こちらを振り返った。
「あ、起きた」
足元に置いてある大きな篭に軽く畳んだシーツを入れてから、空手でこちらに向かって歩いてくる女性の姿。
不意に、既視感に襲われる。
随分昔に、こんな夢を見たことがあったような気がする。
あの時は、触れた途端に彼女の姿が霧散した−−−−−。
「......」
まだ完全には目が覚めていないのか、つい先程まで見ていた夢とどちらが現実なのか分かりかねているような、そんなぼんやりとした視線を向けてくるイザークに、長い髪を右手で軽くかきあげながら、ノリコはふっと微笑んだ。
不意に、既視感に襲われる。
随分昔に、こんな夢を見たことがあったような気がする。
あの時は、触れた途端に彼女の姿が霧散した−−−−−。
「......」
まだ完全には目が覚めていないのか、つい先程まで見ていた夢とどちらが現実なのか分かりかねているような、そんなぼんやりとした視線を向けてくるイザークに、長い髪を右手で軽くかきあげながら、ノリコはふっと微笑んだ。
「ふたりとも良く寝てたね。すっごく気持ち良さそうだった」
大樹の根元にもたれかかり、足を伸ばして座っているイザークのすぐ横に、ふわりと重さを感じさせない動きで膝をつく。
「ノリコ....」
愛しい妻の笑顔を、まるで随分久しぶりに見るような不思議な感覚に陥りながら、イザークはしげしげとみつめた。
「...ふたり?」
思わず繰り返したものの、すぐに、その言葉の意味するものを思い出す。
ノリコが膝をついたのと反対側に、ぴったりと寄り添う体温。
心地の良い重みが腰に寄りかかっている。
心地の良い重みが腰に寄りかかっている。
顔を向け、イザークはふっと笑顔になった。
「ああ....一緒に寝ていたのか」
イザークの腕の中、その腰に頭を乗せて安心しきった表情のままぐっすりと眠っている、黒髪の男の子。
まだ、少年と呼ぶには幼すぎる、その横顔−−−−。
まだ、少年と呼ぶには幼すぎる、その横顔−−−−。
起こさないように注意しながら、イザークは、空いた右手で男の子の肩まで伸びたサラサラの髪をそおっと撫でた。
胸の上に添えられた小さな、小さな手。
くっと軽く握られた拳は、イザークの上着をしっかりと掴んでいる。
「久しぶりのお休みだったもんね。お父さんと一日中一緒にいられて、すごく嬉しかったみたい」
ゆっくりと、何度も子供の髪を撫でるイザークの大きな手に目をやり、ノリコが愛おしげに微笑む。
くっと軽く握られた拳は、イザークの上着をしっかりと掴んでいる。
「久しぶりのお休みだったもんね。お父さんと一日中一緒にいられて、すごく嬉しかったみたい」
ゆっくりと、何度も子供の髪を撫でるイザークの大きな手に目をやり、ノリコが愛おしげに微笑む。
「ノリコ....」
確かめるように、その名を呼ぶ。
ん?とノリコがイザークに視線を戻した。
「なあに、イザーク?」
にっこりと−−−−変わらない笑顔。
ずっと、そばにいる。
「ノリコ」
無性に、なぜか懐かしい想いに駆られて、イザークはもう一度繰り返した。
すやすやと眠る我が子の肩を抱き、もう一方の手で、傍らに寄り添う妻の頬を、その存在を確かめるように触れる。
その腕に自分の手を添えながら、ノリコはクスクスとどこかくすぐったそうに笑った。
「なあに?悪い夢でも見たの?」
その言葉に、イザークはノリコの笑顔をじっとみつめたまま、わずかに目を細めた。
「ああ....」
ノリコの頬に触れていた手を、その細い肩に回して抱き寄せる。
太陽の匂いのする栗色の髪に鼻腔をくすぐられ、それが夢ではないのだと実感する。
「ああ。随分昔の−−−夢を見ていた」
ノリコの肩を抱き寄せる腕に力を込め、イザークは目を閉じた。
「ただの、夢だ....」
0 件のコメント:
コメントを投稿