静かな森の中。
穏やかな春の陽光が生い茂る木々の間を縫って差し込む先には、森に包まれるようにひっそりと、藁葺きの家がぽつんと一軒だけたっている。
時折、風にゆったりと大きく揺れる木の枝がしなる音と小鳥の囀りがかすかに聞こえるほかは人の気配さえないようだ。
が、その静寂の中から、わずかな風に乗って、繊細な、透き通るような女性の歌声が藁葺の家の裏から聞こえてくる。
「♪...♪...」
かすかな歌声は、この地方に古くから伝わる恋唄のようだ。
声の主は、家の裏庭に広がる小さな菜園の中ほどに立ち、様々な花や植物の成長ぶりを確かめてまわっているようだ。片腕に抱えた編みかごには、摘み取られたいくつかのハーブと野菜が入っている。
長い、ストレートの艶やかな黒髪が、彼女の着ている質素な深緑のドレスの背を、腰の下まで覆っている。
「♪−−−」
歌声がふっと途切れ、腰痛に効く飲み薬の素になるまん丸な葉のハーブの芽を摘み取ろうとしゃがみこんだその華奢な白い指の動きが止まった。
−−−遠くから、近づいてくる馬車の音が聞こえる。
「−−−−」
編みかごをそっと地に降ろし、その人は、客人を迎えるために立ち上がった。
***
ほとんど整備もされていない、獣道を少し大きくした程度のような小道を、一頭の馬に引かれて小ぶりな馬車が真っ直ぐに向かってくる。
荷台には、乾物や野菜など様々な食料品が詰まった木箱のほかに、肥料の入った樽や形の揃った硝子の空き瓶が並んだ箱もあり、でこぼこのある道を馬車が進むのに合わせてカタカタと音を立てていた。
馬車の手綱を握るのは、ひとりの若者。
肩幅はあるものの、全体的にすらりと細身の体。長い黒髪にバンダナで前髪を抑え、腰には一振りの剣を携帯している。
目指す一軒家の前に出迎える女性の姿が現れても、別に馬車の速度を速めるでもなく一定のスピードを保ったまま進み、タイミングよく手綱を引いて、女性のすぐ横で馬車を止めた。
「−−−いつもの息子さんと違うのね」
軽く顎を引いて会釈をしたのち、ひらりと軽い身のこなしで馬車から降りる。馬をすぐそばの立ち木につなぐ若者の背を見つめながら、女が抑揚のない、しかしわずかに訝しげな気配の混じった口調で呟いた。
手綱をくるりと数回棒に巻きつけたあと、若者が振り返る。
「店主が腰をやられたので、息子は店を手伝っている。俺は、店主が完治するまでの間だけ臨時で雇われた者だ」
素っ気ない口調で淡々と告げたその若者は、ポケットに入れていた小さな紙切れを取り出し、女性の前に差し出した。
「今月分の配達物だ。確かめてくれ」
いつも荷を運んできてくれる人懐っこい笑顔の息子とは正反対の、無表情。だが、その端正な顔立ちはとても印象的で、思わず目を引かれる。愛想笑いのひとつもできれば、かなり町の娘達に人気が出ることだろう。
「...見かけない子ね。名前は?」
早くしてくれ、とでも言わんばかりに差し出した紙切れに目を落としたまま動かない若者の顔を正面からじっと見つめたまま、女が尋ねる。
答えねば紙を受け取ってもらえそうにないと感じたのか、わずかにそれとわかるほどのかすかな吐息をついてから、若者が目をあげた。
値踏みするようにじっと見上げてくる女の、深い深い青の瞳を真っ直ぐに見つめ返す、切れ長の瞳。
「−−−イザーク」
新しいお話が始まってたー!!
返信削除嬉しい!!
続きが待ち遠しいです♬
待ってました!!!
返信削除母が彼方からを全巻持っており幼少期から好きで、
就職したあとも何度も原作を見ては
こちらのサイトで二人のその後を楽しんでました\(^o^)/
今は一児の母になりましたが
自分でも彼方から全巻を揃えて
またこちらにお邪魔しております!
今後が楽しみです����