1/06/2021

招かれざる客

 「ま、そんなわけだからよろしく頼むわ」

玄関先で、大きな酒瓶の紐を肩に担いだバラゴが、にかっと笑って大声で言った。

対するイザークは、戸当たりに左肘をついてしっかりバラゴの侵入を遮りつつ、不機嫌を隠そうともしていない。

「そんなことは俺達には関係ない。他を当たってくれ」

「まあまあ、そう言わず。お前の好きな濁り黄酒もたっぷり持ってきたんだから、一晩ぐらい四の五の言わずに泊めてくれ。親友だろうがー」

「お前と親友になった覚えなどない」

入れるものか、とあくまでも抵抗するイザークの腕の下を、バラゴが無理やりくぐり抜けようとしていると。


「あれぇ、バラゴさん?」

二人のやりとりが聞こえて、ノリコが台所からひょいと顔を出した。夕飯後の洗い物を終えたばかりで、濡れた手をタオルでふきながら、とことことやってくる。(その姿を、なんだか嫌そうな表情でイザークが見ているが、それには気づかず、いつものようにニコニコしている)

「どうしたの?バラゴさんもイザークと一緒に隣町でのお仕事に行ってたのよね?今日一緒に帰ってきたんじゃなかったの?」

「いやあ、そうなんだけどよ。二日留守にしてた間に、オレの家主の娘に遠方の良家かどっかといい縁談が持ち上がったとかでよ。今朝からずっと親戚一同集まって盛大に祝ってるわ、明日の朝には相手方が正式な申し込みに来るらしいわで、オレみてえな怖えー顔の男が屋敷内ウロウロしてたんじゃ、まとまる話もまとまらねーとかなんとかひでえこと言われちまってさ」

「ええっ?」

「まあ、この顔のことを言われちゃ、ナイーヴなオレ様のハートもボロボロだが、頼むから明日の夜まで帰ってこねえでくれ、その分今月分の家賃はタダにするからって夫婦揃って必死に頭下げられちゃあ...。まあ、オレも格安で離れに住ましてもらってる義理もあるし、いやとは言えず、仕方なく承知したって次第さ。かといって、こちとら今回の仕事でかなり体力使ったし、帰ってきたばっかで疲れてるし、宿はどこもいっぱいだしで、もうどうしていいのやら」

「あー、それは大変!」

「そこで、だ!疲労困憊、いくあてもなく途方に暮れたオレは、親友のイザークを頼ってこうしてわざわざやってきたっていうのに、こいつ、親友の窮地を救おうって気は毛頭ないらしいんだ」

「お前の親友になったつもりはないと言っている」

「お前とは、ザーゴの酒場で運命の出会いを果たしてから幾年月、元凶との戦いだけでなく、その後も何度も生死を共にしてきた仲じゃねえか。それが親友でなくてなんだっていうんだ?」

「.....」

芝居がかったバラゴの物言いに、イザークはもう口を挟むのも馬鹿らしくなり、腕を組んでムスッとしている。

まだ今ひとつ状況がわかっていない様子のノリコは、バラゴの言葉を鵜呑みにし、同情しまくった顔になって、イザークを見上げてニコッと笑った。

「バラゴさん、今夜はうちに泊まってもらったらどうかしら?」

「ノリ−−−」

「おお、さすがはノリコ!話がわかるねえ!いやあ、助かった、助かった!やっぱ持つべきものは心の広い親友と、その可愛い奥さんだよなあ。一晩よろしく頼むぜ、二人とも!」

何か言いかけたイザークを大声で遮りつつその背をバンっと叩き、バラゴが待ってましたとばかりにずかずかと家に入ってきた。

「ごめんなさい、もう夕飯終わっちゃったんだけど、何か軽く食べるものでも用意するね」

「おお、お構いなく!オレも飯は済ませてきたんだ。今夜は、飯よりもこれ、だ!こいつでイザークと語り明かすつもりだぜ」

「あ、じゃあ、何かお酒のつまみになりそうなもの探してきますね」

「ありがとよ、ノリコ!」

あんぐりと口を開けたまま、玄関先で止めるタイミングを失って固まっているイザークをよそに、バラゴはさっさと食卓の椅子を引いてどかっと座り、酒瓶と一緒に持ってきた杯二つを食卓に並べて濁り黄酒をなみなみと注ぎはじめた。

ノリコも、この状況になんの異論もない様子で、ニコニコしながら台所へおつまみを探しに戻っていく。

「〜〜〜〜〜」

この状況ではなるべくしてなった、という結果に、イザークはなんとも言えない表情になり、がっくりと右手で顔を覆った。


*****


夜も更け、先程まで階下の居間から聞こえていたバラゴの豪快な笑い声も消え、あたりは静まりかえっている。客間の寝台の準備をしていたノリコは、背後で人の気配と扉の閉まる音を聞き、手を止めた。

「客間の準備できたよ。今呼びに行こうと思ってたとこ」

客間の扉を後ろ手に閉めて立つイザークを振り返り、にこりと笑ったノリコは、すでに薄手の寝着に着替え、上から大きめのストールをかけている。ゆるく後ろにまとめた髪は湿気を含み、後毛が首筋にかかる。

「ごめんね、ふたりともまだまだお喋り終わりそうになかったし、先にお風呂入っちゃった。イザーク達もこれから入る?ならもう一度炊き直すし」

「....」

イザークに歩み寄ってきたノリコの肌は、風呂上がり独特の湿度を帯びた微かな熱を放っている。湯冷め防止のストールが肩をすっぽり覆っているものの、ゆったりとした薄布を前で合わせて帯で止めているだけなので、イザークの目の高さからでは、ノリコの豊かな胸の谷間がしっかり拝めてしまう。

バラゴには絶対見せるものか。

「−−−イザーク?」

無表情のまま、じっとこちらを見つめているイザークに、ノリコがやや不思議そうに小首を傾げた。

「お風呂、どうする?」

随分と長い間バラゴと杯を交わしていたし、(これまでもあまり見たことはないが)もう酔っていて聞こえなかったのかもしれない、ともう一度繰り返す。

が、こちらをじっと見つめたまま、イザークは無言のままだ。

「イザーク...?」

どうしたものか、とノリコがますます首を傾げていると。


「----二日ぶりに帰ったというのに」

わずかの間を置いて。

ボソリ、とイザークが不満げに呟いた。

そうだ、二日ぶりに遠方での仕事を終えて帰ってきたばかりで、明日は仕事も入れていないし、今夜はノリコとふたりでゆっくり過ごせると思っていたのに。

泊まるところがないのなら、ガーヤやアゴルのところだってよかったはずだ。街のど真ん中にあるゼーナの館など、腐るほど客間が余っているではないか。

それが、なぜよりにもよって、わざわざ街からかなり離れた一軒家の自分達のところまで泊まりに来る必要があるのか。

「嫌がらせとしか思えん」

ぶすっとした声で愚痴るイザークに、やっと状況を理解したノリコが、ありゃ、という顔になった。少し焦っている。

「ご、ごめんなさい。イザークに確認せずにバラゴさん泊めることにしちゃって。そりゃ、あたしだってやっと帰ってきたイザークとふたりっきりでゆっくりしたかったけど、バラゴさん困ってたし、追い返すわけにもいかないし...」

わかっている。

ノリコが悪いわけじゃない。

頭ではちゃんとわかっているつもりなのだが、如何せん、気持ちが追いついてこないだけだ。

「イザーク...」

責任を感じてしまって、ノリコはすっかり申し訳なさそうな顔になっている。

お詫びのつもりか、すっとイザークの腰に腕を回して抱きつこうとしてきたノリコの肩を、イザークの両手が軽く掴んで押し留めた。

「...?」

少し驚いたように顔をあげるノリコ。

上から見下ろせる位置からは、大きく開いた胸元や、風呂上がりでまだやや上気したままの紅色の肌、首筋の後毛だけでも充分煽られるというのに。

見上げてくる邪気のない目と−−−わずかに開いた唇は、本人が気づいていないだけでかなり扇情的だ。

「−−−−−」

無言のまま、イザークはノリコの両肩に置いていた手に少し力を入れて後方に滑らせ、彼女の肩からストールを落とした。ぱさり、とストールが床に落ちるのと同時に、右手を伸ばし、ノリコの髪をゆるく束ねていた髪紐の先をするりと引く。

ノリコの髪がふわりと肩に落ち、同時に、いつもの花のような香りが立ってイザークの鼻腔をくすぐった。

「....」

それだけで、イザークは背筋がぞくりとしてしまう。

身体の芯から、ざわざわと血が滾りはじめる。


「今夜は...こうしてノリコと過ごすのを心待ちにしていたんだ」

無表情のままひとりごち、イザークはノリコの寝着の帯に手を伸ばし、わざとのようにゆっくりと、中に入れ込んであった端を引き出し、両手でノリコの腰回りをたどりながら帯を解いていった。

「イ、イザーク...?」

されるがままになりながら、ノリコがドキマギとしはじめる。

何か言いかけた途端、帯がノリコを囲んではらり、と床に落ち、と同時に薄手の寝着の前が大きくはだけた。

ノリコの形の良い乳房が、丸ごと夜気に触れる。

「きゃ...」

小さく声をあげ、慌てて寝着の前を掴んで身体を隠そうとしたノリコの両手を、露わになった彼女の裸体に目を釘付けにされたままで、イザークが素早く押さえた。

「イザーク...」

もういい加減慣れても良さそうなものだが、視姦されることにどうしても慣れない。じっと見つめるイザークの視線の前で、ノリコは気恥ずかしそうに頬を染めた。

「ノリコ...」

囁く低い声には、すでに熱がこもっている。

両手首を掴まれたままで肌を隠すことも適わないノリコは、顔を真っ赤にしながら、無駄な抵抗と知りつつも、脚をひねり、身体をよじろうとした。が、右手首を抑えられたまま、イザークの右手の甲がそっとその頬に触れると、その優しい触れ方に思わずびくんと身体が跳ね、ノリコは動けなくなった。

「あ....」

声が、震える。

これから何が起こるのかを身体全身で予期し、全神経が、イザークが触れている場所に集中していく。

背筋に電流が走ったようになり、首筋がゾクゾクしはじめる−−−身体が熱を帯びはじめ、足に力が入らなくなる。身体の奥が湿り、蜜を含みだす−−−。

「−−−−」

ノリコの表情が徐々に『女』の顔になっていくのを観察するかのようにじっと見つめるイザークの顔に表情はないが、それは表向きだけで、青年の身体もまた、熱っぽくなり、芯に向かって血が、神経が集中しはじめていた。

いつもなら、獲物に食いつく獣のようにノリコの唇を奪い、貪り始めるところだが、なぜかそうはせず、イザークは、ノリコの頬にそっと当てていた右手の甲を、そのままゆっくりとノリコの身体の線に合わせて、頬から首筋へ、首筋から鎖骨へと移動させていく。

ノリコの肌に触れるか触れないかぐらいの、微妙な距離を保ちつつ。

「イザーク...?」

その微妙な距離感が、逆にもどかしく感じられ、イザークの手が触れる場所に全神経が集中してきてジリジリする。

恥ずかしさに頬を染めながらも、じれったさを感じずにいられないノリコを知ってかしらずか、イザークは、あくまでも無表情のまま、右手の甲を返し、今度は、軽く握った手の人差し指で浮き出たノリコの鎖骨を左から右へと軽くなぞった。

身体に電流が走ったように、ノリコが息を飲む。

イザークの骨張った長い指の先が、鎖骨の端から真っ直ぐにノリコの左の乳房へと向かい、薄いピンクの突起の上で止まると、ノリコがたまらず声を上げた。

「あ...」

「−−−こうしてノリコに触れるのを、どれだけ俺が待ちわびていたか....」

右手を広げ、ノリコの豊かな乳房をそっと壊れものを触るように包みつつ、徐々に硬くなっていく突起の周りを、イザークの人差し指の指先がゆっくりと円を描きながら行き来する−−−何度も何度も。

全身を視姦されつつ、触れられるのはその一点ばかり。その動きがどんなに焦ったいものか、わかっているのだろうか。いっそ激しく掴んで揉みしだいてくれれば。

膣の奥がジンジンと締め付けられるようなもどかしさに、ノリコは知らず太ももを擦り合わせていた。こんな行為ははしたないと思う意識も、段々と朦朧としてくる。

「イザーク、やぁ...」

ノリコの手首から力が抜けていくのに合わせて、イザークは、前がはだけて淫らな姿が露わになったノリコの身体をグッと引き寄せ、空いた左手を寝着の下からノリコの腰へと回した。

「ノリコ...」

熱っぽい、吐息のような呼びかけ。

ノリコの乳房を包む右手にも力が加わり、手のひらいっぱいに吸い付くような肌を揉みしだきはじめる。同時に、焦らされて泣きそうな顔になっていたノリコの唇にイザークのそれが噛みつくように重なり、やや強引に舌を滑り込ませた。

「ふ...」

息つく暇もない激しい口づけを繰り返しながら、ノリコも夢中でイザークに抱きつく。

素肌が直接イザークに押し付けられている羞恥心はすでに消え去り、胸だけの愛撫だけではとても我慢できないぐらい身体が熱くなっている。

が、残されたひとかけらの意識に必死に縋りつきながら、ノリコはなんとかイザークから顔を離すことに成功した。

「イ、イザーク...こ、ここじゃダメ...バラゴさんが...」

それだけ言うのが精一杯。自分から離れたのに、またイザークの口付けが欲しくてたまらなくなっている。

荒い息の下、さらなる口付けをせがんでくるノリコに、自身も我慢が効かなくなりながら、イザークがニッと少しだけ悪戯っぽく笑った。

「−−−心配いらん。奴は酔い潰した。朝まで起きん」

イザークが酒に強いのはいつものことだが、自身はほとんど飲まずにかわし、わざとバラゴばかりにピッチ早く呑ませてきたのだ。今頃食卓に突っ伏してぐーすかイビキをかいている奴は、明日の朝まで叩いても起きないだろう。

「誰にも邪魔はさせない」

たとえ離れていたのが二日だけだったとしても。

その間にどれだけ恋焦がれたことか。

早口に呟き、イザークは、両腕でしっかりとノリコの身体を抱きしめつつ、再びノリコの唇に吸いついた。

「ーーー早く寝室に...」

激しい口付けの合間に、息も絶え絶えになりながら、キスの先を求めてノリコがせがむ。

その蚊の鳴くような声に満足したように、イザークが口の端で笑い、ノリコをひょいっと両腕に抱きあげた。


*************

<あとがき>

こんばんは。

今回はちょっと甘々で www

タイミングとしては、ふたりの結婚後、「家路」のあと、「氷の鏡」のちょっと前ぐらい、ですかね。バラゴの恋バナでも書こうかなーと思って考えはじめたんですけど、なんか全然ネタが思いつかなくて。バラゴにも幸せになってもらいたいけど、なんかどういう人とくっつくんだろう、ってなかなか想像できず。代わりに、おあずけ食らってブスくれてるイザークと、その欲求不満でちょっとノリコを焦らしてイジメてしまう彼の姿がポンと浮かんできましてwww.

イザークって口数少ないし、事に及んでも言葉責めとかするタイプじゃ決してないような気がするんですよね。でも、だからってテクニックがないわけじゃないだろうし...ということで、こんな話に。

年始早々、失礼しました....。

5 件のコメント:

  1. バラゴのお宅訪問!たしかに、いつかはこんな嫌がらせされそうだとは思ってました(笑)
    2日ぶりのノリコを目の前に、イザークが悶々とする、ではなく、バラゴを酔い潰していくとは、さすがです!!
    今回のお話も、楽しめました。ありがとうございます。

    返信削除
    返信
    1. きぃさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
      そうなんです、バラゴは絶対わざとですっw でも、イザークだったらこういう仕返し?するだろうな、と思って。楽しんでいただけてよかったです。

      削除
  2. 昨年のコロナ禍で全話を何度か読み返しさせて頂いていて、(何度読んでもキュンキュンでした♡)今日、何ヵ月かぶりにフっと覗いてみたらば更新されていて(虫の知らせでしょうか?♡)感激しました!(#^.^#)
    今回のお話も前回のお話も楽しかったです♪
    ありがとうございました。

    返信削除
    返信
    1. もう随分と留守にしていたのですが、今年からまた心機一転、頑張ろうと思っていますので、どうぞよろしくお願いしますー。

      削除
  3. Mama Bird様
    はじめまして。

    皆さんと同じく『彼方から』は、もう何度読んだかカウントできなくなって久しいです…(笑)
    が、今まで原作以外に考えが及ばず(コミケ等には参加してました)、今回の再読後初めて二次創作の波に乗ってみましたら、
    Mama Bird様のブログに出会う事が出来ました。
    (お名前の綴り等あってますでしょうか!?…書いてある所を探せなくて…失礼があったらどうしようドキドキ)

    コロナ等で家族が密になりギスギスする事がどうしても増え、私もだいぶ荒んでおりました。
    ですが今は、夜ここへ来て満足して眠りにつき、明日の新たな活力となっている事を実感しております。
    とてもとても感謝しております。

     ― ― ― ― ―

    主役二人以外ではバラゴが好きです。
    彼には幸せになってもらいたい…
    力が失せたメンクイ・タザシーナと出会い、彼女をはげまして欲しいなぁ~と、乏しいMy脳内で妄想中です。
    ここはひとつ、Mama Bird様の筆の力でもって…
    あ~読んでみたい!

    それではこの辺で…
    今後、それぞれのお話の感想も書きたいな~と思っております。
    どうぞよろしくお願いします。

    返信削除